鍼灸師のひとりごと
なくて七癖、あって四十八癖人は誰しも、身体の奥に小さな癖を住まわせて生きています。その中でも国民的クセといえば、やはり貧乏ゆすりでしょう。鍼灸院の待合室でも、トントントンと小刻みに揺れる足をよく見かけます。多くの方は「落ち着きがない」と叱られた経験をお持ちで
なくて七癖、あって四十八癖人は誰しも、身体の奥に小さな癖を住まわせて生きています。その中でも国民的クセといえば、やはり貧乏ゆすりでしょう。鍼灸院の待合室でも、トントントンと小刻みに揺れる足をよく見かけます。多くの方は「落ち着きがない」と叱られた経験をお持ちで
沖縄県鍼灸師会は、2024年度に創立100周年を迎え、この歴史的節目を祝うために実行委員会を立ち上げ祝賀会の開催及び記念誌発行を実施した。※沖鍼会創立100周年を記念して作成された写真集の動画https://www.youtube.com/watch?v=lK7hhKxk
1924年(大正13年)に沖縄鍼灸那覇連合会が結成。沖縄における鍼灸師の組織化は、各地の鍼灸師会が合同して沖縄鍼灸那覇連合会を設立したことによって始まる。初代会長は、小野佐一郎氏。二代目に宮良長和氏、三代目に廣木起弘氏、四代目に外間守繁氏、五代目に田仲幸吉氏、六代目に廣木起弘氏と続く。三代目並びに
明治時代に入ると、政府の方針で西洋医学が導入され、漢方も含めた日本の伝統医学は非正統医学となり、なんとか按摩や鍼灸治療は営業資格として残りはしたが、視覚障害者を対象としたもの 。一方灸は民間療法として広く用いられ、沖縄ではヤブーと称された灸名人が昭和初期まで地域住民の健康管理に貢献していた。
1.琉球王国時代各地に「按司」とよばれる豪族が現れ、彼らが互いに抗争と和解を繰り返す中、1429 年(明応元年)尚巴志が主要な按司を統括し、はじめて統一権力を確立した。これが尚家を頂点とする琉球王国の始まりである。その後、琉球では独自の国家的な一体化が進み、中国との朝貢貿易を主軸としながら
2024年11月17日(日)健康フェアが開催されました。沖縄県鍼灸師会で出展したブースでは89(はりきゅう)人の方が鍼施術を体験されました。
去った2023年10月1日に、宜野湾にあるコンベンションセンターで健康フェアが行われました。2年ぶりの開催となっと本イベントに沖縄鍼灸師会から「鍼灸無料体験」のブースを出展し、会員の鍼灸師の先生をはじめ、外部からも数名の鍼灸師が助っ人で駆けつけてくれて一人当たり数分の施術を行いました。本会